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長野地方裁判所 平成7年(わ)30号 判決

本籍

長野県北佐久郡軽井沢町大字名長倉四二四一番地

住居

東京都港区南麻布五丁目一〇番三二号の七〇一

会社役員

荻原直枝

昭和一三年五月二一日生

事件名

相続税法違反被告事件

出席検察官

保倉裕

主文

被告人を懲役一年六月及び罰金七〇〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判の確定した日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、荻原孝一の実妹で、同人が平成三年一一月二〇日死亡したことにより同人の財産を実姉土屋一枝、実弟荻原敏孝らとともに共同相続したものであるが、自己の相続財産にかかる相続税については納税義務者として、右土屋一枝及び荻原敏孝の相続財産にかかる相続税については両名の代理人として、相続税の申告をするにあたり、相続税を免れもしくは免れさせようと企て、被告人の実際の相続財産の課税価格が四億九七〇六万五〇〇〇円で、これに対する相続税額は三億五九三万三〇〇〇円であり、右土屋一枝及び荻原敏孝の実際の相続財産の課税価格はそれぞれ四億九七〇六万五〇〇〇円で、これに対する相続税額はそれぞれ三億五九三万三〇〇〇円であるにもかかわらず、被相続人荻原孝一名義の定期預金等を相続財産から除外した上、平成四年五月二〇日長野県佐久市大字岩村田一二〇一番地の二所在の所轄佐久税務署において、同税務署長に対し、被告人の相続財産の課税価格が一億三八六三万四〇〇〇円で、これに対する相続税額は四〇六四万二七〇〇円(これは申告上正当な税額であり、実際の申告税額は三二九六万九一〇〇円である。)であり、右土屋一枝及び荻原敏孝の相続財産の課税価格がそれぞれ一億三八六三万四〇〇〇円で、これに対する相続税額はそれぞれ四〇六四万二七〇〇円(これは申告上正当な税額であり、実際の申告税額は三二九六万九一〇〇円である。)である旨の内容虚偽の相続税の申告書(平成七年押第一八号の2)を提出し、そのまま納期限を徒過させ、もって、不正の行為により、被告人の右相続にかかる正規の相続税額三億五九三万三〇〇〇円と右申告額との差額二億六五二九万三〇〇円を免れ、かつ、右土屋一枝及び荻原敏孝の両名をして、右各相続にかかる正規の相続税額各三億五九三万三〇〇〇円と右各申告税額との差額各二億六五二九万三〇〇円をそれぞれ免れさせたものである。

(証拠)(括弧内の甲乙の番号は証拠等関係カードにおける検察官請求証拠の番号を示す。)

一  被告人の公判供述、第一回及び第五回の各公判調書中の被告人の供述部分、被告人の検察官調書二通(乙一〇、一一)、質問てん末書九通(乙一ないし九)

一  証人荻原敏孝、同高橋伸二、同高木延枝、同土屋一枝、同畑山乾、同荻原富保の各公判供述

一  第二回ないし第四回の各公判調書中の証人栗田のぶ子の供述部分、第五回ないし第七回の各公判調書中の証人星武典の供述部分、第七回公判調書中の証人高橋伸二の供述部分

一  荻原忠雄(甲一)、神田友夫(甲二、但し、不同意部分を除く。)、高橋和雄(甲四、但し、不同意部分を除く。)、神田英機(甲五、但し、不同意部分を除く。)、高木善徳(甲六、但し、不同意部分を除く。)、高橋伸二(甲七、但し、不同意部分を除く。)、立石善一(甲八)、荻原敏孝(二通・甲一二、一三、但し、いずれも不同意部分を除く。)、土屋一枝(甲一四)、高木延枝(二通・甲一五、一六、但し、いずれも不同意部分を除く。)の各検察官調書

一  査察官報告書二通(甲一七、甲三一、但し、甲三一は不同意部分を除く。)、預貯金調査書(甲二〇、但し、不同意部分を除く。)、債務調査書(甲二一、但し、不同意部分を除く。)、その他の課税価格調査書(甲二二)

一  検察事務官作成の報告書四通(甲三四、四〇、四五、四六)

一  答申書(甲五一)

一  電話聴取書(甲三〇)

一  証拠品提出書二通(甲二三、二五)、領置てん末書二通(甲二四、二六)、差押てん末書三通(甲二七、二八、五二)、現金・預金・有価証券・印章等確認書(甲二九)

一  戸籍謄本二通(甲一八、一九)

一  押収してある計算メモ二枚及び「相続税がかかる財産の明細書」と題する書面六枚(平成七年押第一八号の1)、相続税の申告書等一綴り(平成四年五月二二日付け佐久税務署の受付印のあるもの、同押号の2)、相続税の申告書事務所用等一綴り(「相続税申告書」などと金文字で印刷された黒色ファイルに綴じられているもので一六七枚、同押号の3)、相続税の申告書控え等一綴り(「相続税申告書」などと金文字で印刷された黒色ファイルに綴じられているもので七八枚、同押号の4)、納付書・領収証書四枚(同押号の5)、手帳一冊(一九九二年用、英語等表記の黒表紙のもの、同押号の6)、手帳一冊(一九九一年用、同押号の7)、手帳一冊(一九九二年用、株式会社日本華道社発行のもの、同押号の8)、ノート一冊(同押号の9)

(補足説明)

弁護人は、被告人において、被相続人荻原孝一(以下「孝一」という。)名義の一四億七六七二万四六七四円の定期預金(以下「本件定期預金一」という。)、二四八一万六五五四円の定期預金(以下「本件定期預金二」という。)及び一七一万八〇〇三円の普通預金(以下「本件普通預金」という。)(右三口の預金を総称して、以下「本件各預金」という。)を相続財産から除外して申告したことはなく、ほ脱の故意がなかったのであるから無罪である。また、被告人が土屋一枝(以下「一枝」という。)及び荻原敏孝(以下「敏孝」という。)の代理人として本件相続税の申告をしたことはないなどと主張して証拠関係について種々論難し、被告人も右主張に沿う弁解をするので、補足して説明する。

一  ほ脱の犯意について

1  関係証拠によれば、孝一の死亡した平成三年一一月二〇日時点で、長野商銀信用組合(以下「長野商銀」という。)東部町支店に、孝一名義の本件各預金が存在していたことは明らかである。

2  そこで、被告人が、本件相続税の申告時点で、本件各預金の存在について認識していたかどうかについて検討する。

(一) 被告人の公判供述、検察官調書二通(乙一〇、一一)、質問てん末書二通(乙三、九)、証人荻原敏孝、同高橋伸二、同高木延枝及び同土屋一枝の公判供述、第二回ないし第四回の各公判調書中の証人栗田のぶ子の供述部分を含む関係証拠を総合すると、次の事実が認められる。

(1) 本件各預金の原資は、孝一が、平成三年六月ころ、ミサワホーム株式会社(以下「ミサワ」という。)との間で、自己が代表取締役として経営するオウアイティジャパン株式会社(いか「OIT」という。)所有の通称森泉山の共同開発に関する共同事業基本協定(以下「本件協定」という。)を締結し、右の協定に基づいて、孝一がミサワから借り入れの形をとった二六億円である(なお、本件協定では、孝一が、ミサワから二六億円《以下「本件二六億円」という。》を借り入れ、四年後にミサワに対して同人所有のOITの全株式を売り渡し、右二六億円の借金債務と右株式の代金債務との相殺することなどを内容とするものであった。)

(2) 被告人は、平成三年六月ころ、孝一が森泉山の取引で得た金員を長野商銀に預金する意向であることを知り、これに反対していたが、同年八月ころには、当時八十二銀行御代田支店長であった神田友夫(以下「神田支店長」という。)から、孝一が前記森泉山の取引において借入金の形で受領した相当の金印を長野商銀に預金したことなどを聞き知っていた。

(3) 被告人は、孝一が死亡した翌日である同年一一月二一日ころ、右神田支店長を伴って八十二銀行岩村田支店に赴き、孝一の貸金庫の中を改めたが空であったことから、孝一名義の預金等の調査について右神田支店長に相談した。当日の夕方、被告人は、孝一の知人であった神田英機から、孝一が交際していた女性方にあった本件定期預金一、二の各証書二通を受け取った。(なお、右各預金証書は、平成六年二月ころまで長野県北佐久郡御代田町大字馬瀬口字入郷戸一八五八番地一、一八五九番地一所在の居宅《被告人の実父の荻原馬吉が生前居住していた所であり、以下、これを「御代田の本宅」という。》に保管されていた。)

(4) 被告人は、同年一二月二日ころ、孝一が経営していた会社の顧問をし、同人の遺産の調査、管理等にも関与していた弁護士の高橋伸二(以下「高橋弁護士」ともいう。)から、本件各預金が記載された長野商銀の顧客取引内容照会票の写しを受け取り、同月ころ、本件相続税の申告を星武典税理士(以下「星」という。)に依頼した。そして被告人は、本件相続税申告の作業を担当した星事務所所属の税理士である栗田のぶ子(以下「栗田」という。)から、金融機関から残高証明書の交付を受けるように求められ、同月上旬、八十二銀行の残高証明書などを取り寄せた。

(5) 被告人は、同月一八日ころ、高橋弁護士やOITの経理を担当していた公認会計士の立石善一(以下「立石」という。)の同席の下で、弁護士の下村文彦(以下「下村」という。)から、「打ち合わせ事項」と題する書面(甲八添付資料1)に基づいて、孝一がミサワから本件二六億円を借り入れたことやOITがミサワから一五億円を借り入れ、その中から孝一に対し立替金債務の弁済として一二億八〇〇〇万円を支払ったことなどについて説明を受け、その際、自己のノート(平成七年押第一八号の9)に、本件二六億円のうち一四億五三四〇万円が孝一に支払われ、そのうち一二億八〇〇〇万円が長野商銀に預金された旨記載している。

(6) 被告人は、平成四年一月一八日ころ、星とともに、立石から、本件協定の内容、孝一がミサワから本件二六億円を借り入れたことやOITがミサワから一五億円を借り入れて孝一に一二億八〇〇〇万円を支払い、それが長野商銀に預金されたことなどの説明を受けた後、星から長野商銀の残高証明書の取り寄せを指示された。

(7) 被告人は、同年四月三日ころ、星立会いの下で、当時長野商銀東部町支店長の高橋和雄(以下「高橋支店長」という。)から、本件各預金が記載された長野商銀の残高証明書二通(平成三年一一月二〇日現在と平成四年四月一日現在のもの。)を受け取った際、右各残高証明書を見ながら、高橋支店長に対し、「他に孝一の預金はないのか。」と質問し、同人から本件各預金以外に孝一とミサワの取引に関する預金はない旨の説明を受け、また、「普通預金の金額が違っているのはてぜか。定期預金の数字か二つとも同じだが利息はどうなっているか。」などと質問していた。同月四日ころ、被告人は、星に右残高証明書の写しを渡した。

(8) 被告人は、同月二二日ころ、高橋弁護士の要請して、同人から長野商銀の顧客取引内容照会票等本件相続関係書類を受け取った。

右認定事実によれば、被告人は、本件相続税申告前に、長野商銀に本件の相続財産の一部である孝一名義の本件各預金があったこと、及びその原資が前記森泉山の取引に関するものであることを認識していたことが認められる。(ただし、被告人の前記ノートの記帳、立石から、一二億八〇〇〇万円が長野商銀に預金されたとの説明を受け、その後、高橋支店長から、本件各預金以外に孝一とミサワとの取引に関する預金はない旨の説明を受けたことなどによれば、被告人は、孝一が本件二六億円のうちの一二億八〇〇〇万円を長野商銀に預金しそれが本件定期預金となったなどと誤解していた可能性が窺われる。)

(二) なお、星が、平成四年四月四日ころか同月二二日ころ、高橋弁護士から、本件二六億円とそれを原資とする本件各預金は相続財産ではないからいわゆる債権債務の「両落とし」として本件申告には計上する必要がない旨言われ、その趣旨を、被告人、一枝及び敏孝に説明した旨供述する。

しかしながら、この点について、高橋弁護士は、被告人や星に対し、本件二六億円とそれを原資とする長野商銀等の預金はともに申告することを考えていることを説明した旨同人の検察官調書(甲七)及び当公判廷で述べ、更にその経緯について、平成三年一〇月ころ、本件協定に関する文書(甲七添付資料六)を下村から受領し、同年一二月一八日ころ、下村や立石から本件協定に関する話を聞き、そのころ、本件二六億円やOITがミサワから借り入れた一五億円の入金状況のメモ(甲七添付資料八)を作成したと述べているところ、平成四年四月六日付けのメモ(甲七添付資料一〇)に孝一の相続遺産目録として本件二六億円の債務があることの記載があり、同年五月一四日付けのメモ(甲七添付資料一二)に「(1)孝一の遺産の範囲として、2預金の欄に、ミサワからの貸付金の預金分(26億円)-代わりに借入金債務26億円計上のこと、4債務の欄に、ミサワの借入金26億円」との記載があり、右書面の作成経緯や記載内容は、高橋弁護士の右供述を裏付けるものである。更に、星が高橋弁護士から右両落としの話を聞いた日時につきあいまいな供述をしていることや、一枝及び敏孝も星から右両落としの話を聞いたことはない旨捜査段階から一貫して供述していることなどを合わせ考慮すると、星の前記供述は信用することができない。

(三) 被告人の操作及び公判における供述中、前記(一)で認定した事実に反する部分は信用できないところであるが、その主な点について若干付言する。

(1) 孝一の生前、孝一が森泉山の取引に関する多額の借入金を長野商銀に預金することは知らなかったし、神田支店長から同金員が長野商銀に預金されたことを聞いたこともないとする点については、神田支店長は、同人の検察官調書(甲二)及び当公判廷において、当時、右多額の金員を八十二銀行御代田支店に預金してもらいたいと思って孝一などに働きかけ、その金員の流れに強い関心を持っていたというのであり、その供述が具体的で納得できるものであって信用性に疑問がなく、被告人の右供述部分は神田の右供述と対比し信用できない。

(2) 被告人が、本件定期預金の証書を受け取った覚えはなく、証書を保管したことはないとする点については、前掲の神田英機(甲五)及び高木善徳(甲六)の各供述並に関係証拠によれば、一枝が御代田の本宅において被告人の所持に係る本件定期預金一、二の各証書及び本件普通預金の証書を査察官に提出していることが認められることなどに照らし、被告人の右供述部分は信用できない。

(3) 平成三年一二月二日ころ高橋弁護士から長野商銀の顧客取引内容照会票のコピーを受け取った覚えはないとする点については、高橋伸二の供述及び被告人の手帳(平成七年押第一八号の7)の平成三年一二月二日欄の部分に「高橋先生」との記載があることなどに照らし、被告人の右供述部分は信用できない。

(4) 長野商銀の残高証明書の金額を確認しなかったとの点についても、高橋支店長の供述などに照らし信用できない。

3  本件相続税の申告を星に依頼した経過は先に認定のとおりであるところ、栗田が本件各預金を計上しなかった経緯について、以下検討する。

(一) 本件相続税の申告書の作成を担当した税理士である証人栗田は、本件相続税額の仮集計をした経過について、次のように証言する。

すなわち、栗田は、被告人から、平成四年五月一一日ころから同月一三日ころまでの間に、星事務所において、被告人が納税資金の借り入れ額を確認するなどのために本件相続税の仮集計を依頼され、当初、孝一のミサワに対する本件二六億円の借入金債務、本件各預金の存在を知らなかったことから、これらを計上せずに「相続税がかかる財産の明細書」(平成七年押第一八号の1)に基づき計算メモ(同押号の1)に仮集計したところ、税額が一八億三七九四万二九〇〇円となった。被告人は右結果を聞いて驚き、栗田から右計算メモ等を見せられた後、同人に対し「二六億の債務は入っておりますか。資料は星先生がお持ちです。OIT絡みの書類の中に入っていると思います。」などと言い、栗田は、自分の椅子の横からOIT絡みの資料が入っていたファイルを持ち出し、被告人あるいは栗田が右ファイルの中から本件二六億円の金銭消費貸借契約書並びに抵当権設定契約書(甲三四の資料5)を探し出した。栗田は、本件二六億円の借入金債務を計上して二回目の仮集計をしたところ、税額が一億三八七〇万四五五〇円になり、その旨被告人に告げたところ、被告人が、「納税資金がこのくらいでしたら、ああよかったなあ。」などと述べた。その後、栗田は、被告人と星が同席する会議室で、被告人あるいは星から、「一二億八〇〇〇万円を加えると税額がどのくらいになるのか。」と言われたため、本件二六億円の借入金債務及び一二億八〇〇〇万円の資産を計上して三回目の仮集計をしたところ、税額が九億二五一三万三三五〇円になり、その旨被告人に告げた。その直後、栗田が、被告人に対し、「残高証明は。」と尋ねると、被告人が、「それはいいです。」と言って、右一二億八〇〇〇万円の資産の対応する残高証明はないという趣旨の返事をした。そのため、栗田は、本件各預金の存在を知らず、本件各預金を本件相続額の申告に計上せず、本件二六億円の借入金債務を計上して集計し、本件相続税の申告書を作成したなどと供述している。

右供述内容は、具体的かつ詳細であって不自然なところはない上、右供述内容のうち、仮集計の計算過程は、前記計算メモ及び「相続税がかかる財産の明細書」の各記載と符合しており、殊に、右計算メモの記載上からみて、一旦試算した後に二六億円の債務を計上して試算し、更に、一二億八〇〇〇万円の資産を計上して試算していることが明らかであること、また、右計算メモの中の「依頼書」との記載は被告人から納税資金の融資の依頼をする必要がある旨の説明を受けたとの供述と符合すること、前記仮集計依頼の日時につき同月一一日以降であることは客観的な資料により裏付けられること、更に、関係証拠によれば、平成四年五月一一日ころ、被告人は星から本件相続税額が亡父馬吉のときの相続税額より上回るのではないかと言われており、また、同月一二日ころには、納税資金に充てるため八十二銀行御代田支店に同支店にある孝一名義の定期預金の解約を申し込んだが断られたために、納税資金の借り入れを申し込んだことが認められ、右事情によれば、被告人が納税資金の工面のためおおよその税額を把握しておく必要があり、そのため栗田に前記仮集計を指示する必要性もみられること、栗田が、依頼人である被告人にとって不利となるような虚偽の事実を殊更述べなければならない特段の事情も窺えないことなどの諸事情を考慮すると、栗田の右供述内容の信用性は高いことが認められる。

(二) 栗田の右供述及びその他関係証拠を総合すると、被告人は、平成四年五月一一日ころないし同月一三日ころ、栗田に指示して本件相続税の仮集計を行わせ、本件申告に際し、本件二六億円を計上させたが、長野商銀の本件各預金を計上させないようにした事実が認められる。(なお、被告人あるいは星が栗田に告げた一二億八〇〇〇万円と本件定期預金等の金額が異なる点については、前記2のとおり被告人が金額について誤解したことなどの可能性があることや被告人が取り寄せた孝一名義の預金の残高証明書の中で十何億もの多額のものは長野商銀の本件各預金の他にはないことなどから、被告人あるいは星は右一二億八〇〇〇万円とは本件各預金のことを念頭に置いて栗田に指示したと推認できるが、このことは右認定に影響を及ぼすものではない。)

なお、弁護人は、被告人が、同月一五日ころ以降も本件相続税額を知らなかったことは、当時八十二銀行御代田支店長であった畑山の供述等により裏付けられるので、栗田の前記供述内容は信用できない旨主張する。なるほど、被告人は、畑山に対し、同月一五日、一六日とも相続税額はまだ確定していない旨回答したことが認められるが、関係各証拠によれば、本件相続税額が確定したのは、同月一八日の夜遅いころであり、被告人右が回答をしたころも、計上するかどうかや計上額につき未確定の項目がありその点につき栗田が被告人と協議していたことが認められることや、右回答前に被告人と畑山との間では既に税額が三億円くらいとの話が出ていたことからすれば、被告人が、前記仮集計の結果を踏まえて、右畑山に対し回答をしたとしても、特段不自然というほどではなく、これをもって、栗田の前記供述内容の信用性を否定することはできない。

また、弁護人は、本件二六億円の借入金債務の契約書の写しにつき、星は、栗田が持参していたがその後相続財産には関係ないと言って引き取り自分で保管した旨供述する点を捉えて、星から預かったOITがらみの書類一束の中に右契約書があり、仮集計の際その存在を初めて明確に知った旨の栗田の前記供述内容は信用できないかのように主張するところ、星は、一方で、第五回公判において、被告人が自分に右契約書の写しを渡していたことも考えられるなどとあいまいな供述をしており、他方、被告人は、質問てん末書(乙九)や検察官調書(乙一〇)において、高橋弁護士から受領した右契約書の写しを星に渡している旨供述していることや、仮に星が本件二六億円が相続財産とは関係ないと言っていたとすれば、栗田から本件二六億円もの多額の債務を計上して作成した本件相続前申告書を見せられた際、なにゆえこれの訂正を指示しなかったのか不可解であることなどに照らし、星の右供述は信用できず、弁護人の右主張も採用できない。

更に、弁護人は、三回目の仮集計の際、星が同席していたとの栗田の供述内容について、星が、同年五月一二日、一三日に事務所に行かなかったことは同人の手帳(平成七年押号第一八号の6)の記載等から明らかであるとして、栗田の右供述は信用できない旨主張する。しかしながら、星が実際に桐光学園の監査に赴いたことがあったとしても暫時事務所に立ち寄ることが時間的、地理的条件からみて不可能ということはできないのであるから、弁護人の右主張は直ちには採用できない。また、星は、第五回公判において、その際同席していたとすれば、栗田に対し一二億八〇〇〇万円ではなく本件各預金の合計額の概算である一五億円を仮集計に計上させたはずであると供述するけれども、前記2の事実関係や被告人が、本件二六億円の借入金のうちの一二億八〇〇〇万円が長野商銀に預金されて本件定期預金になったと誤解した可能性があることなどを考慮すると、星も被告人と同様な誤解をしていた可能性があることが否定できないから、右金額の点のみを捉えて栗田の前記供述の信用性を否定することはできず、仮に、栗田が記憶違いなどにより星が同席していたと供述したとしても、被告人が栗田に前記仮集計を指示したことなどの基本的事項に関する栗田の前記供述の信用性に影響を与えるものではない。

4  本件相続税の申告書の作成、提出経過について検討する。

(一) 栗田は、当公判廷において、平成四年五月一九日午前中ころ、本件各預金を計上せず、本件二六億円の債務を計上して、本件相続税の申告書(以下「本件申告書」という。)三部(定型用紙に栗田が金額等を鉛筆書したものをコピーしたもの)を完成させ、星事務所において、星に本件申告書を見せて押印してもらった。その後、被告人に対し、本件申告書及び添付書類を示して、右申告書記載の相続税の総額、相次相続控除額や納付税額等を順次説明し、第一一表記載の相続税がかかる財産の明細書も順次説明し、現金・預貯金等の項目では、未収利息の説明をし合計額を示し、第一三表記載の債務及び葬式費用の明細書等の説明をしたが、それらの説明時間は五分くらいであった。被告人は、その後、本件相続税の申告書及び控え二部の「財産を取得した人」の氏名欄の被告人の名下に、自ら所持していた「荻原」と刻した印鑑を押捺し、その際、栗田は被告人に対し本税額等の記載した納付書・領収証書を手渡した旨供述している。

右供述内容は、具体的かつ詳細で不自然なところはなく、相続税の申告書等及びその控え(平成七年押第一八号の2ないし4)によれば、本件申告書等の三部は同一の記載をコピーしたものであると窺える上、被告人が保管していた同人の印鑑の印影と本件申告書の被告人名下の印影が酷似していることや納付書・領収証書(同押号の5)の記載等の客観的証拠とよく符合していること、被告人自身も質問てん末書(乙二、六、九)において、本件申告間際の平成四年五月一九日ころ、星事務所に赴いて栗田から税額等の説明を受けた後、本件申告書の氏名欄に持参した印鑑を押捺した旨供述していることなどに徴すると、右栗田供述の信用性は高いことが認められる。

(二) 右栗田供述にその他関係証拠を総合すると、栗田が本件各預金を計上しないで本件申告書を作成し、被告人は、本件相続額の納期限日の前日、本件各預金が本件申告書に計上されていないことを確認した上で、同申告書に押印し、同申告書を管轄税務署長に提出させた事実が認められる。

なお、弁護人は、被告人が、平成四年五月一九日、栗田から、本件相続税の申告書及び添付書類を見せられてその内容の説明を受け、同申告書に押印した旨の栗田の供述内容は信用できず、仮に、そのような事実があったとしても、被告人は、五分程度の説明により本件各預金が申告から除外されていることを認識することは出来なかった旨主張する。しかしながら栗田に本件二六億円の債務を計上させ長野商銀の本件各預金を除外して税額の仮集計をさせた被告人が、栗田からの説明が短時間であったとしても、本件相続税の総額が右仮集計の際の税額とほぼ同じである一億三〇〇〇万円余であったことや、本件申告書添付の「相続税がかかる財産の明細書」記載の現金・預貯金の合計額の説明を受けたことなどに照らすと、被告人が本件各預金が申告上除外されていたことを十分認識していたことが認められるから、弁護人の前記主張は採用できない。

更に、弁護人は、畑山は、八十二銀行御代田支店の佐山融資課長が五月一九日午後ころ被告人から本件相続税額を電話で知らされ、融資協議申請書を同日午後六時に間に合うように作成したと供述し、また、星は、同日午後五時一五分ころ以降に事務所を訪れ本件申告書に押印したと供述しているところ、栗田の供述のように被告人が星事務所に赴いて栗田から説明を受けたとすれば、右融資協議申請書作成の時間的余裕があったかどうか疑問であり、この点からみて栗田の右供述の信用性には問題がある旨主張する。しかしながら、そもそも、星の午後五時一五分以降との右供述の裏付けはなく、関係証拠によっても被告人が星事務所を訪れた時刻は明確でないのであるから、右融資協議申請書作成の時間的余裕がなかったとまではいえないし、畑山の同日午後六時までに融資協議申請書を作成したとの点については、同申請書に相次相続控除の適用により減税となった旨の記載があるところ、畑山は同月二〇日に八十二銀行御代田支店に赴いた被告人から右相次相続控除の話を聞いたと供述していることに照らすと、同申請書はその後に作成された可能性があるので、同申請書の作成時期の点が栗田の前記供述の全体の信用性を左右することにはならない。

(三) 被告人は、検察官調書(乙一一)や当公判廷において、平成四年五月六日ころ、星事務所において、本件相続申告の委任状に押印した際、本件申告書にも押印した旨弁解し、当公判廷において、本件申告書の説明を栗田から受けたかどうか覚えていない、委任状に押印した際、申告書に押印した記憶はない、押印したのは一回だけしかないという記憶である、申告書の押印を自分がしたかどうか覚えていない、平成四年五月一九日に星事務所に行った記憶はない、同日の午後遅く、栗田から電話があったか私が電話したかして税額を聞いたなどと供述している。右各供述内容は、前掲の質問てん末書(乙二、六、九)中の、申告間際に栗田から税額等の説明を受けた後本件申告書に押印した旨の供述や平成七年四月六日付け異議申立書添付の理由書(甲四〇)中の、相続申告書はまだ完成しておらず、白紙の申告書に押印した旨の記載などとも対比すると、相反する内容で種々変遷しており、しかもその変遷につき合理的な説明がなされておらず、更に公判供述において、本件申告書に自分が押印したかどうかや納付書の交付者などについても覚えていないなどとおよそ不合理な弁解をしており、被告人の検察官調書や公判における前記供述は、信用できない。

5  以上の認定事実や栗田の前記供述を含む関係各証拠によれば、被告人は、前記仮集計の際、本件二六億円の債務を計上させた上、本件各預金の存在を知りながら、それが相続による取得財産として課税されることを免れるために、あえて栗田にその預金の存在を告知せず、その預金の存在を知らない栗田が、本件各預金を計上しないで本件申告書を作成し、被告人は、本件相続税の納期限日の前日、本件各預金が本件申告書に計上されていないことを確認した上で、同申告書に押印し、同申告書を管轄税務署長に提出させた事実が認められる。

右事実関係によれば、被告人は、相続による真実の取得財産である本件各預金が課税対象となることを回避するために、栗田に対し同預金の存在を隠し、過少申告であることを知りながら、あえて本件申告に及んだものであるから、被告人には、不正行為により相続税を免れたこと及びほ脱の故意が存したことが認められる。

二  被告人が、一枝及び敏孝の代理人として、本件相続税の不正申告をさせたことについて

1  前掲の被告人の質問てん末書二通(乙一、五)、検察官調書(乙一〇)、証人荻原敏孝、同土屋一枝、同畑山乾の各公判供述、第二回及び第三回の各公判調書中の証人栗田のぶ子の供述部分、第五回公判調書中の星武典の供述部分、第七回公判調書中の証人高橋伸二の供述部分、高橋伸二(甲七)、荻原敏孝(甲一二)及び土屋一枝(甲一四)の各検察官調書、差押てん末書(甲二七)やその他関係証拠を総合すると、次の事実が認められる。

(一) 孝一の死亡後、一枝と敏孝は、被告人が、以前から、孝一の経営していた不動産管理会社や病院の役員や経理をしており、孝一の財産につきある程度把握していたことから、暗黙のうちに、被告人に対し、相続人間のとりまとめ役として、相続財産の管理や相続税申告のための資料集めなどを依頼するようになり、被告人が、孝一の死亡後、御代田の本宅において、孝一の預・貯金通帳、印鑑、有価証券を保管・管理し、また、孝一の不動産などの遺産を管理していたことについて、被告人に対し何ら異議を述べず、本件相続額の申告手続自体については、亡父馬吉の相続の際と同様に、星に依頼するものと考えていた。一方、被告人は、遺産の資料集めや前認定のとおり、立石、高橋弁護士から遺産の調査結果などの説明を受けたり、星や栗田と本件相続税の確定につき相談を受けたり、相続人代表として孝一名義の預金の残高証明書を請求したり、相続人代表として預金口座を設けるなどしたほか、平成四年五月六日、相続人代表として相続税の申告を星に委任する旨の委任状に署名押印した。

(二) 敏孝は、畑山に対し、同月一六日に予定された同人と被告人らとの本件納税資金の手当てについての話し合いについて、被告人に全件を任せてあるので話を進めてほしい旨述べていた。

(三) 被告人は、同月一九日、前認定のとおり栗田から本件申告書記載の税額等の説明を受けた後、本件申告書の「財産を取得した人」欄の氏名欄の敏孝及び一枝の名下に、星事務所に保管してあった荻原と刻した印鑑及び土屋と刻した印鑑を押捺することを承諾し、栗田から本件相続人四名分の納付書・領収書を受領して、翌二〇日、相続人代表として本件相続税の総額分を一括して借り受け、右四名分の税額を納付した。

2  右認定事実に前記一で認定した被告人が栗田に本件相続税総額の仮集計を指示したことや同人が本件各預金を計上していないことを知りながらその存在を知らせずに本件申告書を作成させたことなどを総合すると、一枝及び敏孝から孝一の遺産の管理や本件相続税申告に関する諸々の事柄を任されていた被告人が、一枝及び敏孝のために、本件相続税の資料収集等の申告の準備をしたほか、実質的に本件相続税の税額の確定に関与し、栗田に本件各預金を本件申告から除外させたのであるから、一枝や敏孝の代理人として、本件相続税の不正申告をさせた事実が認められる。

なお、一枝は、当公判廷において、本件相続税の申告を被告人に任せたことはない旨供述するが、他方では、被告人は色々なことの窓口となっていたので、相続人代表ということだと思っているとか、自分が星に相続関係の資料を提出したことなど全くなく、被告人が星に相続税の具体的な話しをしたり資料を出しているということを被告人から聞いたなどと供述しているほか、同人の質問てん末書(甲五〇)において、申告の手続き等については全て被告人に任せた旨の供述をしていることなどに照らすと、被告人に任せたことはないとする一枝の右供述部分は信用できない。また、被告人は、捜査段階では、一貫して、自分が相続人代表として申告の準備や取りまとめなどをしていた旨供述していたことなどに照らし、被告人の当公判廷での弁解は信用できない。

更に、弁護人は、本件申告書上被告人が一枝や敏孝の代理人である旨の表示はなく、また、被告人は、本件申告書の作成も提出もしていないことなどから、同人らの代理人ではない旨主張するが、本件のような租税の過少申告の刑事事件においては、代理人かどうかの判断は、形式的にではなく、本人のために税を免れさせたかどうかという観点から事柄の実質に即して考えるべきであるから、弁護人の主張は採用できない。

三  以上のとおり、弁護人の主張はいずれも採用できない。

(法令の適用)

被告人の相続税につき 相続税法六八条

一枝及び敏孝の相続税につき

相続税法七一条一項、六八条

科刑上一罪の処理 平成七年法律第九一号による改正前の刑法(以下「改正前の刑法」という。)五四条一項前段、一〇条により、一罪として犯情の最も重い被告人の相続税を免れた罪の刑で処断する。

刑種の選択 懲役と罰金とを併科

労役場留置 罰金刑につき改正前の刑法一八条

執行猶予 懲役刑につき改正前の刑法二五条一項

訴訟費用の処理 掲示訴訟法一八一条一項本文

(量刑の理由)

本件は、被告人が、判示の不正行為により、自己の相続税二億六五二九万三〇〇円を免れ、同額の一枝及び敏孝の各相続税を免れさせた事案である。脱税は不正な手段で国民に課せられた税負担の公平を害し、国民の納税意欲を減殺するもので、厳しい非難に値するところ、本件のほ脱額は合計七億九五八七万九〇〇円という巨額であり、ほ脱率も八六・七パーセントという高率であって、悪質なものである。被告人は、判示のとおり、税理士に相続税額の試算をさせた際、巨額の借入金債務のみ計上させそれを原資とする合計十何億円もの本件各預金を除外する意図のもとに、税理士から右預金の残高証明書の所在を問われても同預金は存在しないかのような言動を示すなど誠実に納税しようという意思に欠けていたものである。更に、被告人は、捜査及び公判を通じて、なぜ本件各預金が計上されなかったかわからないなどと本件の責任が全て税理士らにある旨の明らかに不自然な弁解等に終始するなど反省の態度が窺えず、これらの点を考慮すると、被告人に本件刑事責任は重い。

他方、被告人は、脱税のための偽装工作はしておらず、本件各預金の存在を知らない担当の税理士にその存在を明確に告げなかったというものであって、ほ脱方法としては単純であること、税理士が本件各預金の原資等につき正確に調査して被告人に適切な指導をするなどしていれば、本件のような事態にはならなかったのではないかという一面もみられること、被告人は、国税当局の査察後、修正申告をしてほ脱した相続税等の本税につき物納の申請をしたほか、過少申告加算税及び重加算税を完納したこと(一枝及び敏孝も同様に修正申告をし、右各加算税を完納した。)、被告人には前科前歴がないことなど被告人のために酌むべき事情も認められる。

そこで、以上の諸事情に被告人の年齢、境遇、健康状態、資力、その他諸般の情況を総合勘案した上で、主文掲記の刑を量定し、懲役刑については、その執行を猶予することとした。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 仲宗根一郎 裁判官 佐藤真弘 裁判官 島田尚登)

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